about persia

ペルシャについて

歴史


ペルシャという言葉は主に文化や特産物・歴史や言語などといったものに用いられます。
日本語ではペルシャ人が古くから自らを呼称してきた「アーリア人の国」を意味するイラン(正式名は「イラン・イスラム共和国」)ですが、西欧では古代からファールス州の古名パールスにちなんで「ペルシャ」もしくは「ペルシア」として知られていました。パールスの語源は「騎馬者」を意味するということに見られるとおり、もともと騎馬民族だったと考えられます。

また「ペルシャ帝国」として世界史に燦々たる歴史を功績を残してきました。
その歴史はとても古く、紀元前3000年にも遡ります。ペルシャはメソポタミア文明とインダス文明に挟まれた地域であり、活発な交易活動の舞台でした。のちに西洋と東洋を繋ぐかの有名な「シルクロード」の中継地となります。


ペルシャ地域から出現した数々の王朝がオリエント世界の実質的な覇者であったことにより、ペルシャにはオリエント中の富が集められました。
紀元前550年頃にはアケメネス朝ペルシャが西はエジプトから東はインドの一部までを征服します。そのとき王座に就いたダレイオス1世が建設したのが、現在ユネスコの世界遺産にも登録されている古都ペルセポリスです。

226年にはササン朝が強大なペルシャ帝国を造り、ローマ帝国やイスラム帝国に文化・政治体制などの面で多大なる影響を及ぼしました。特にこの時代に発達した美術や文学や建築技術は、現代のペルシャ芸術にも大きな遺産を残しています。高度な技術を持った、みやびやかな帝国ササン朝ペルシャへの称賛は後を絶ちません。
その後トルコやモンゴルによる土地の略奪や政権闘争を繰り返しながら、1501年にイスラム教を国教に掲げたサファーヴィー朝が成立します。この王朝の最盛期に君臨したアッバース1世は、イスファハンに遷都し、その繁栄ゆえに当時イスファハンは「世界の半分」と謳われました。その中心である「王の広場」一帯はユネスコの世界遺産として登録され、観光客の目を楽しませています。
19世紀に入ると民主化の波がペルシャにも押し寄せ、国民は当時のパフラヴィー朝を倒し1979年にイラン・イスラム革命を起こします。ここにシャーの独裁政治は終わりホメイニ師のもとイスラム共和国が樹立され、現在に至ります。

地理・風土・人口など


イランの国土は日本の4倍ほどの広さがあります。
三方を3000~4000メートル級の高い山脈が囲み、その内側にはキャヴィールとルートの二大砂漠が横たわっています。
北部には世界最大の内陸湖・カスピ海があり、南にはペルシャ湾がひかえています。
ペルシャ人の主な生活舞台となってきたのは山岳地帯と砂漠盆地にはさまれたイラン高原。雨は少なく乾燥・半乾燥地域が国土の八割近くを占めています。雨は冬季に集中ししばしば干ばつや砂漠の洪水被害に見舞われます。
こうした自然環境に適応するため、古くから多様な生活技術が生み出されてきました。小オアシスの定着農業や、季節に合わせて移動を続ける遊牧的牧畜業、それらを結びつける大オアシス都市の手工業やバザール商業などはいまに至るまで連綿と受け継がれています。
イランの首都であるテヘランはステップ気候から砂漠気候に属し、冬は寒く氷点下まで下がることもあり降雪もありますが、一方夏は乾燥していて暑くなります。
イランの州は30あり、総人口は約7000万人(2006年推定)です。全人口の約7割が30歳以下と若年層が過半数を占めています。
天然資源に非常に恵まれた地であり、原油の埋蔵量は世界第5位、天然ガスの産出量は世界第2位を誇ります。
宗教はイスラム教シーア派が9割とほとんどを占め、次いでイスラム教スンニ派、他に非イスラムの宗教的マイノリティがおり、主なものにゾロアスター教(ササン朝時代の国教)、ユダヤ教、キリスト教、バハーイー教などがあります。

民族


歴史的に数々の舞台を繰り広げてきたペルシャの民族は複雑で多様です。
海を隔てての対岸国を含めれば、実に15もの隣国を持ちます。これだけ多数の国との国境を有し隣国を持つ国は他にはほぼ見られません。
ザークロス山脈の北半分、イラン北西部のロレスターン地方にはロル系部族が、コルデスターン地方にはクルド系部族が、また、アゼルバイジャン地方にはトルコ語を話す住民が多く住みます。イスファハン地方は中世サファーヴィー朝の首都として栄え、ペルシャ古代文明の発祥地でしたが、また多くの遊牧民の活動地域でもありました。バクティアリー族・ボイェルアフマディー族・コフギールーイェー族・ママサニー族・カシュガイー族・イラン系部族のバーセリー族・アラブ系部族のイーレ・アラブ族などがそれぞれ棲み分けをし、各自独特の文化を育んできました。
カスピ海地方は気候が異なり、雨が多く温暖なこの地域には東京並みの雨が降ります。トルクメニスタン国境にかけては日本人とよく似たトルコ系のトルキャマーン族が住みます。この地域は景観も異なり内陸漁業も盛んに行われています。
ザ―クロス山脈とペルシャ湾に挟まれた平野部は、油田と石油関連産業の地で、アラブ系住民が多く住んでいます。
東部のホーラサーン地方は、北にイラン第二の都市マシュハドがあり、シーア派の重要な聖地で緑豊かな肥沃な農業地帯となっています。そこを南下するに従い乾燥度が増し、パキスタン付近の極度に乾燥した地域にはバルーチ系部族などが住んでいます。
つまり、北は中央アジアでトルコ系民族と接触し、東はアフガニスタンやタジキスタンと、西はクルディスターンなどと重なり合って、ペルシャは多種な民族の移動と交易における重要な地点だったと言えます。
それゆえ多数の貴重な文化遺産や伝統を残しているのです。

美術


ペルシャの美術は古代の王朝宮廷美術に代表されます。中でも華やかだったのがアケメネス朝時代の美術で、古代オリエントや小アジア・エジプトなどの美術が融合されたもので装飾性・写実性の調和の取れた様式に特徴があります。アルケサス朝パルティアの美術はギリシア美術(ヘレニズム)と古代ペルシャの美術を融合したグレコ・イラン様式です。ササン朝の美術はグレコ・イラン様式の伝統にグレコ・ローマ美術を取り入れたもので、形式美・装飾性・写実性のバランスが良く取れています。
絵画、建築ならびに陶芸、手織物、書道、金属工芸、石彫などの技と美意識はペルシャの伝統手工業にも受け継がれ、有名なペルシャ絨毯を始めとした現在の調度品や工芸品の源流となっています。

・絵画
7世紀半ばからのイスラム時代では、ペルシャ絵画の一般的な形態は壁画および写本挿絵でした。富と名声を兼ね備えた支配者の宮殿や住宅などの建築物に直接絵画を描き壁画としました。このような壁画は貴重な文化遺産としていくつか残存しています。
モチーフとしては動物、叙事詩の一場面、宴会や狩りなどの娯楽の場面、謁見などの宮廷の場面などに加え幾何学文や植物文、アラビア文字からなる装飾パターンなど。 イスラム教では偶像崇拝を禁じているため神の姿は描かれませんでしたが、その代わりに神を讃えるアラビア文字や葉や花、茎といった植物の一部、あるいは動物の体の一部が様式化されて幾何学的に作図されています。
写本挿絵には、まず書家がテキストを美麗な文字で書き入れ、書家が残したスペースに画家が挿絵を描きます。多彩な色を使って微妙な色調で、非常に細密に描写されています。(「細密画―ミニアチュール」として有名です。)
その創造力あふれる構図と鮮やかな色彩、魅惑的な人物や動物の描写、そして特に緻密な細部表現は今もなお人々の心をとらえています。
とりわけティムール朝においては高度な都市文明と宮廷文化が発達したため、近隣の諸国はこれに憧れ模倣をしました。ティムール王朝の人々は写本芸術を愛好し、豪華な挿絵入り写本が製作されています。また写本のみならず、絨毯、織物、壁面タイル、金工品、宝石、革製品などのデザインも製作されました。

・建築
ペルシャの建築物といえば何と言ってもモスクでしょう。イラン観光のハイライトであるイスファハンの「王のモスク」を始めとして、各都市にある建物のドームや壁面を覆う色鮮やかなタイルの数々を見るとまるで夢のような心地になります。
それに比較して周りの街並みは黄土色のレンガや泥壁といった茶色っぽい地味なテイストです。土色一色の世界を抜け、突如モスクに遭遇するとあっと声をあげそうになります。このように強い視覚的印象を与える色彩豊かなタイルは一般の住宅に用いられるということはほとんどなく、宗教的・公共的な建築物だけに大切に用いられ、あたかも宝石のように扱われているのです。
ペルシャのタイルの色と言えばブルーがイメージされますが、よく見れば非常に多彩でさまざまな工夫が凝らされておりモスクのドームが青空に映えます。偶像崇拝を禁じたぶん、タイルによって周囲を華やかにし神を歓迎しているのだと思われます。

その模様は複雑に絡み合った茎や枝に多種多様な花や葉など、具象的なデザインが多く見られます。またアラビア文字や幾何学模様、動物といったモチーフも用いられ、それはペルシャ絨毯のモチーフと連動しています。


また、忘れてならない観光地にペルセポリスがありますが、この遺跡群で見られるモチーフも後世の美術に多大な影響を与えました。
ペルセポリスが首都とされたアケメネス朝の時代は、その繁栄と権力を誇るためにその時代としては高度な建築技術で壮大な街が建設されましたが、特徴的なのは人物のモチーフです。これは、近隣の国々がアケメネス朝の王への謁見に貢物を携えて次々と訪れた当時の華やかな情景を思い起こさせてくれます。
他にもモチーフとして好まれたのが動物で、ペルシャに哺乳類最高の動物とされた馬と、鳥類最高とされた鷹のモチーフはいまのデザインにも好んで使われています。ペルシャの神話的世界において鳥は「雨の使者」としてたいへん珍重されています。

・工芸
ペルシャ絨毯
ペルシャと言われて世界で有名な「ペルシャ絨毯」をすぐに連想する人は少なくないでしょう。
ペルシャ絨毯の伝統技術は古代から脈々と受け継がれ現代に至ります。絨毯は、もともとは遊牧民が移動しながらのテント生活に運びやすく便利で使いやすい道具として用いられていました。ペルシャ人は日本人同様、靴を脱いで床に(絨毯の上に)座って食事をしたり仕事をしたり談笑したりします。西洋とは違い非常に馴染みやすい床の文化なのです。
縦糸と横糸で編んだ単純な敷物のことを「キリム」と言いますが、絨毯はその他に横糸に結ばれた模様を作るパイル糸が平面から立ち上がった構造を持つ敷物です。そのためキリムより複雑な模様ができふかふかして、手織りにはたいへんな時間が掛かります。
遊牧民の道具として、そして女性の嫁入り道具などといった意味が含められてだんだんと装飾的になっていったキリムですが、シルクやウールの絨毯はやがて室内装飾品として広まり、豪華な美術品としての価値を持つものも現れてきました。ペルシャ人やその周辺の国々の人はもとより、西欧人に広まり、アメリカやアジアまで世界中の国々の重要な建築物や豪邸などでペルシャ絨毯を見ることができます。

ペルシャ以外の絨毯の模様には幾何学模様が多いのに対して、ペルシャ絨毯の模様には曲線が多用されていると言われています。優美な曲線を織り出すための技術的な改良が重ねられてきたのです。
また、細密画(ミニアチュール)に用いられた写実的な表現は絨毯にも採用されています。他のイスラム諸国には見られない人物・動物を配した模様を描く技術は、ミニアチュール画家の指導のもとでより芸術的な作品へと発展しました。
微妙な有機的曲線で描かれる蔓草模様のアラベスク、有名なペーズリー模様はペルシャを起源としたものと言われています。その他に先端が二方向に枝分かれした左右対称のパルメットや葉っぱの形をしたパルメット、ボーダーや菱形、花の模様などといったものが絶妙に組み合わされています。また、19世紀以降はヨーロッパやアメリカのペルシャ絨毯の愛好家が蒐集するために輸出用の高級絨毯が普及します。そこでまたより洗練されたデザインや観賞用の花(バラなど)の模様が採り入れられるようになりました。

芸術


・文学
ペルシャは詩の国。ペルシャにおいて詩は、古典・現代に限らず人々に愛され続けてきました。イランの書店でも詩を扱っているコーナーの大きさが目につきます。
日本の俳句や短歌にも相通じるような韻を踏むペルシャ語の詩の響きは美しく、非常に芸術性が高いものとなっています。
中でも有名な詩人がハーフェズです。ペルシャには知らない人はいない詩人の最高峰で、サアディー、ウマル・ハイヤーム、フィルドゥーシーと並ぶ四大詩人の一人とされています。ハーフェズの故郷シーラーズには「ハーフェズ廟」か建っており、彼の詩が刻まれた石板が設けられ、観光スポットとして多くの人々が訪れています。
また、ペルシャ文学を語る上で重要なのが「シャー・ナーメ(王書)」です。
10世紀初頭に作られた国民的叙事詩であり、巻数にして7~9巻からなりおそらく世界文学史上もっとも長い作品の一つです。
そこで語られるのはイスラム化以前のペルシャの歴史です。神話や年代記、戦記、英雄伝説、冒険譚、恋愛物語、哲学など多様な物語ががちりばめられています。
「シャー・ナーメ」の写本は美術品として挿絵画家らにより美しく装丁され、その絵の中で現在の美術品(陶芸品や絨毯など)のモチーフとなっているものも少なくありません。
ところで、かの有名な「千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)」のもとはササン朝ペルシャの「ハザール・アフサーナ(千物語)」が、アッバース朝時代にアラビア語に翻訳され写本化されたものであるということです。「アラビアン・ナイト」なのにもとはペルシャの物語なのです。子供の頃誰もが夢見た「空飛ぶじゅうたん(魔法のじゅうたん)」もペルシャ絨毯に乗っていたということになります。他にもペルシャ人によく知られる昔話や童話がこの「千夜一夜物語」には描かれています。

・書道(カリグラフィー)
ペルシャにも日本同様書道というものが存在します。基本的には日本の書と同じく、筆に墨をつけて紙の上に書きます。書道は古来からあり、石板や粘土の板の上に書くよりも、尖った棒に墨をつけて羊皮紙の上に書いていたとされているため、和紙に書いていた日本の書道とかなり重なると言えるでしょう。
色も、基本的に白地に黒い墨で書きます。
アラビア文字は神の文字とされていて、イスラム美術において神像・偶像の代替的役割を果たしました。視覚的にきれいなその文字は、イスラム美術の抽象的な装飾とうまく調和し、モスクのタイルや絨毯のモチーフなどに用いられ、重要な装飾技術のひとつとなっています。ただし装飾に用いられる文字文様は解読が困難であったり、文字に似せた限りなく装飾的なものであることも多く見られます。

・映画
中東諸国の中でもっとも映画が製作されているイラン。
1979年のイラン革命後、政府による検閲が強化され、直接的な政治批判を避けるために子供を主人公にした作品を作ることが多いですが、その芸術性の高さはヨーロッパなどで非常に評価されています。海外映画祭にも多数出品・受賞され日本でも注目度が高まっています。子供たちを主人公にしているからといって必ずしも子供向けの作品であるというわけではなく、イラン社会が抱える社会的・政治的な問題を反映していて娯楽的な要素を保持しながらも観客に深く現実を考えさせるような力作が多数あります。
アッバス・キアロスタミ監督、モフセン・マフマルバフ監督などの作品の人気が高く、有名な作品では、キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」(1987年)、「オリーブの林をぬけて」(1994年)、「胡桃の味」(1997年、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞)や、マフマルバフ監督の「カンダハール」(2001年)、マジッド・マジディ監督の「運動靴と赤い金魚」(1997年、モントリオール世界映画祭グランプリを含む4部門受賞、第71回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート)などがあります。
イランの生活や自然を舞台にどちらかというと淡々とした手法で、人間模様や人生の切なさを静かに描いたものが多いように感じられます。

言語


イランの公用語はペルシャ語です。
ペルシャ語はアラビア語と同じ書体を使っているためアラビア語と似た言語と考えられがちですが、文法的にはまったく異なるもので、そもそも別の言語系統に属しています。日本語と中国語の関係に近いと説明すればわかりやすいかもしれません。日本語や西欧の言語と大きく異なるのは、文章を右から左へ書くことです。
単語は西欧の言語とも東洋の言語とも違う独特の響きがあります。なるほどペルシャは詩の文化であると思わせる、ゆったりとした穏やかな美しい響きを持っています。余韻の残る鐘の音のような味わいです。
現在のトルコからエジプト、インドにわたる広大な版図を誇っていたアケメネス朝ペルシャの頃から、ペルシャは多民族・多言語国家でした。今もその名残は見られます。
地方を旅すると、ペルシャ語以外の言語を聞く機会も少なくはありません。カスピ海地方の方言はバルティア語やタレーシュ語、アルボルズ山脈地方のタート語などは方言でありながら別言語と分類されることもあります。また、イラン北西部にはトルコ人が多く住み、トルコ語やアゼルバイジャン語(アーザリー)が話されています。クルド人の住む地域ではクルド語が、アラブ人が住む地域ではアラビア語が用いられています。
古代ペルシャではペルシャ文字として楔形文字が用いられ、レリーフや碑文が掘られました。また、ササン朝時代に国教だったゾロアスター教の経典はアヴェスター語で記されています。

食文化


ペルシャ料理はペルシャ絨毯と同様、彩り豊かで複雑なものだと言われています。一般に中東料理の中に属しますが、インド料理にも似たところがあります。
ペルシャ料理が生まれたのは紀元前と言われていて非常に奥が深く長い歴史の中で育まれてきた文化です。こうして伝統の中で培われてきたペルシャ料理は、洗練されていて、たいへん創意に富んだ料理です。ハーブやスパイスを多用しますが、辛みのあるものは少ないため非常にマイルドで食べやすい料理です。

現在のイランの国土は広く、料理も多岐に渡ります。カスピ海地方では魚がよく食べられますが内陸部では魚は貴重だし、多民族国家なので料理にも多少の違いは見られます。
一般に、ペルシャの人々はナン(パン)を非常に好んで食べます。ナンというとインド料理のナンを思い浮かべる人が多いかと思いますが、イランのナンにはとても多くの種類があります。インドのナンのようなものはナン・バルバリと呼ばれています。その他に、サンギャック、タフトゥン、ラバーシュ、ファティールなど味や見た目、作り方が異なります。 朝食にはそういったナンが食べられていますが、ほとんどの家庭ではわざわざ朝早くに焼きたてのナンを求めにナン屋さん(ナンワイ)に行きます。ナンワイは街のあちこちにあり、各々のナンワイさんが各々の石窯で各々の種類のナンを焼いています。ナンはそのまま食べても美味しいですが、アサル(ハチミツ)やハメ(生クリーム)、パニール(クリームチーズ)、そしてジャムなどを付けて食べられます。ジャムは大抵手作りで、日本のようにイチゴやリンゴのジャムの他、人参のジャムなどが人気です。

外食はあまり盛んではなく、ペルシャ料理の基本は家庭料理です。おもてなしの文化があるため、来訪者がいると張り切ってご馳走を作ります。ホームパーティーも盛んです。
食事をするときのスタイルは、最近ではダイニングテーブルを使うことも多いですが基本的には床に座って絨毯などを敷いた上で食べます。天気がよいお休みの日などには外に食べ物と絨毯やキリムを持って出かけて食べることもよくあります。
イスラム教徒が人口のほとんどを占めるので基本的には豚肉は食べられません。牛肉や羊肉を食べますが、肉料理として有名なのが「ケバブ(キャバブ)」(炭焼肉)です。その他にもメイン料理としてはシチューや煮込み料理がよく食べられます。ペルシャ料理は、ゆっくりと時間をかけて丁寧に作られています。まさにスローフードと言えるでしょう。

また、ペルシャ料理はとてもヘルシーです。
まず、野菜を多く使います。ペルシャ料理にはハーブが欠かせませんが、実はハーブという言葉はペルシャ語には存在しません。ハーブは数ある野菜(「サブジ」と言います)の一部にすぎないのです。つまりそれほど意識されずに自然にハーブが食生活に溶け込んでいるのです。ハーブ以外の葉野菜はもちろん、根野菜や豆類も日本でお馴染みのものが同様に食べられています。多くは無農薬で、その野菜の特徴を生かし、さまざまな食材と組み合わせて料理されますが、またその栄養分や効用も重視されます。ペルシャでは野菜やハーブといったサブジやスパイスや蒸留水を、「冷」「温」「涼」などの特性に準じて使い分けています。季節や人それぞれの体調や体質に合わせ、食べ物で健康のバランスを整えるのです。そういった考えは習慣的にひとりひとりに息づいており、イランの人は食べ物の効能をよく知っています。例えば「風邪を引いているからカブを食べたほうがいい」とか、「体調が悪いならナスは食べないほうがいい」などと言ったりします。
健康食品としてよく摂ったほうがいいと言われる豆料理もペルシャ料理には多く登場します。また、ペルシャ人はナッツが大好きです。品質の高いピスタチオが有名ですが、それにアーモンド、ヘーゼルナッツ、カボチャやすいかの種、くるみ、などをお好みでブレンドするアジルというミックスナッツもあります。そのまま食べたり料理に使ったり、お菓子に入れたりします。
ペルシャはフルーツも豊富です。日本と異なるのは、フルーツを肉や野菜料理に組み合わせて使うことが多く見られることです。有名なものとしては、ザクロ、くるみ、チキンを煮込んだシチューのような家庭料理「フェセンジャン」などがあります。
その他にも日本で見られるようなフルーツはほとんど食べられますが、特に栄養価が高く日本より食べられているのがザクロとイチジクです。ザクロはジュースにして飲まれたり、イチジクは料理の中に使われたりジャムになったりします。冬至の日にはスイカを食べる風習があります。日本と異なり面白いのは、キュウリは野菜ではなくフルーツに一種とされていることです。友人や親戚の家を訪れると、必ずフルーツの盛り合わせが振る舞われるのですが、オレンジや桃、イチゴなどと一緒にキュウリが入っていることがよくあります。
また、実にさまざまなフルーツが乾燥させてドライフルーツとして売られています。他にもピクルスなど保存食品が盛んなペルシャですが、これはもともと遊牧民が移動しながら長期間保存できる食料を必要としていた文化から受け継がれてきたものでしょう。

イランでは稲作も行われており、米もよく食べられています。ただし日本とは異なり、米を炊く際に油と塩、またはサフランなどを入れて味を付けます。おこげは非常に好まれていて、わざわざ鍋底におこげを作ってきれいに食卓に出します。おこげを意味するタディッグという言葉は「鍋底」を意味しているように、料理の一種です。
ヨーグルトも好まれる食材のひとつです。そのままだけではなく、料理にかけられたりシチューに入れて煮込んだりして多用されます。中東地域やインドなど他の諸国でも見られますが、砂糖ではなく塩味で、野菜などを入れて食べることが多いです。
スイーツもたいへん好まれており、多岐にわたります。基本的にやはり家庭の味で、日本と同様にケーキやクッキー、プリンやアイスクリームやシャーベットなど。作り方も似たようなものですが、スパイスを多用するところが特徴です。フルーツやナッツが混ぜ込まれますが、デーツ(なつめやし)は日本ではなかなか見られない食材のひとつでしょう。また、デザートにバラ水などハーブウォーターを垂らすこともあります。

ドリンクは、フルーツがたくさんある国なのでもちろんフルーツジュースや、ハーブジュースなどが飲まれます。
温かい飲み物で、日本でお茶にあたるような日常的に飲まれるものはチャイ(紅茶)です。ペルシャの家庭にはサモワールという紅茶を作るための大きな容器があり、それでたっぷりと一日中チャイを飲むことができます。外に出るとチャイハネと呼ばれる喫茶店があり、そこでは水煙草を飲むこともできます。透明の耐熱ガラスの小さな容器が用いられることがほとんどです。サフランなどのスパイスやバラ水などの蒸留水を垂らして飲んだりもします。甘いものと一緒に飲むこともありますが、お茶受けがないときは、角砂糖を丸ごとほおばってからチャイを飲みます。おもてなしの文化なので、お客さんが来るとチャイを淹れて出しますが、イラン人は一般に紅茶を淹れるのがとても上手です。

食品など自然のもの


・ばら

「花の女王」として古代から多くの人々に愛され続けてきているバラ。
バラが発生したのは紀元前3500年前とも7000年前とも言われています。
ペルシャでは古くから宗教儀式や生活の一部にバラを取り入れていました。バラの花びらを蒸留した透明なローズウォーターが生産され、その蒸留方法は、十字軍の遠征をきっかけに広くヨーロッパに伝えられます。この頃からもうペルシャはバラの蒸留の高い技術を誇り、現在に至っています。今でも一年に一回メッカのカアバ神殿のすす払いが行われるときにはイラン産のバラ水による清めが行われているのです。
イスラム世界では白バラはムハンマドを表し、赤バラは神アラーを表します。「千夜一夜物語」やウマル・ハイヤームの「ルバイヤート」にもバラについての記述があります。
イランの国花はバラ。ペルシャはバラの一大産地です。テヘランとイスファハンのちょうど真ん中ぐらいに位置するカシャーン近郊の村ではバラの花とともに、ローズエッセンス(バラの精油)や(ローズウォーター(バラ水)の蒸留技術が開発されてきました。 今では数万種とも言われるバラの種類ですが、バラには大きく分けて「オールド・ローズ」と「モダン・ローズ」とがあります。ローズウォーターに適したバラはオールド・ローズの中でもダマスクローズという種類です。一般にバラの香りとして認識されているのはダマスクローズの香りなのです。ヨーロッパのバラやバラ水の需要が高まった10世紀の頃からダマスクローズは品種改良されずに脈々と栽培が続けられ、精油や蒸留の方法もほとんど変わっていません。
ダマスクローズは濃いピンクの小さなバラです。その蒸留方法としては、ペルシャの標高が高く乾燥して昼夜の温度差が激しい気候で栽培されたダマスクローズを、朝露のしたたる日の出の時刻に手で摘み取り、その日のうちに蒸留します。
ローズウォーターやローズエッセンスは香水やアロマテラピーに用いられるほか、その抗菌作用や保湿効果から肌や髪の毛によく化粧品に使われています。
またローズのジャムや砂糖漬けといった食品、乾燥したバラのハーブティーなど味覚的にも楽しまれています。ペルシャ料理ではバラが多く登場し、デザートの香りづけなどに使われています。

・フルーツ・乾燥フルーツ
ペルシャにはフルーツが豊富にあります。季節ごとにスイカ、ざくろ、いちじく、オレンジ、りんごなどさまざまな果物を食べますが、フルーツを乾燥させたドライフルーツも普段からよく食べられています。日本では考えられない実にさまざまなフルーツを乾燥させますが、どれも甘味と栄養が凝縮されて美味しいです。中でもドライいちじくには整腸作用や胃腸の消化作用があります。
また、ピスタチオなどのナッツ類も日本や諸外国と比べ高質なものを安価で手に入れることができます。
デーツ(なつめやし)は中近東で多く食べられていますがペルシャ原産で、今も貴重な食材です。非常に栄養価が高くダイエットにも適しています。デーツの油は化粧品や石鹸などに使われます。
ざくろは日本ではあまり馴染みがありませんが、ペルシャではとてもポピュラーな果物で、ざくろジュースにしたり料理に使ったりします。ざくろは女性ホルモンを促進し不妊症や更年期障害に効果が高いと言われています。
またピクルスやオリーブなども好まれています。

・スパイス
ペルシャ料理では非常に多種多様なスパイスを使いますが、何といっても高品質で盛んに栽培されているのがサフランです。
他にもクミンシードやターメリック、パプリカ、シナモン、ナツメグ、カルダモンなどなどペルシャ料理にはスパイスが欠かせません。
香りは強いですがペルシャ料理ではあまり辛みの強いスパイスは使わないので、優しい味に仕上がりそれぞれの薬効も期待できます。

・ハチミツ
ペルシャは良質なハチミツ(アサル)が採集されることで知られています。、アゼルバイジャン州のサバランやハマダーンなどが産地として有名で、ハチの巣ごと売る店も多くあります。街ではハチミツの量り売りのお店を見かけることができます。

・アロマ、ハーブ
近年ヨーロッパから入ってきて盛んになったかのようなアロマテラピーですが、ペルシャには古くからアロマの伝統がありました。その世界が奥深く、遥か昔「聖水」として香りのよい水が生成されたことに遡ります。現代でもその文化は身近に息づいていて、いわゆるハーブウォーターである植物蒸留水はアラギヤートと、アロマウォーターである香料はアトルと呼ばれます。有名なバラ水も数あるアラギヤートのひとつなのです。
その種類は何十種もあり、それぞれの効能に応じて用いられています。その香りはお菓子やお茶、シャーベットや料理などに使ったりもします。主にナスラターンの蒸留水などの「温」(神経の高ぶりを沈め心臓、筋肉などの治療薬となる)、ライムの蒸留水などの「冷」(喉、頭痛、咳などを癒す)、ビードメシュクなどの「涼」(心臓や肝臓の治療に効果がある)というふうに性質に分けて使用しています。
また、ペルシャ語では厳密に「ハーブ」を差す言葉は存在しません。ハーブは数ある野菜(サブジ)の一部と考えられており、季節ごとにどっさりと料理に使用します。ハーブはそれだけペルシャ人にとって身近にあるものなのです。コリアンダー、タラゴン、ベイリーフ、ミント、バジル、チャイブ、ディル、チャービルなどなど瑞々しいハーブ野菜がお店の軒先に並びます。やはりこうしたハーブも、体調に応じてそれぞれの効能を考えられ組み合わされて使われます。

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